屈腱炎の発症は避けられない?




屈腱炎の発症メカニズムについて

数々の馬を引退に追いやったサラブレッドにおける不治の病、屈腱炎。
チェッキーノが左前浅屈腱炎を発症してしまい、クイーンステークスも回避してしまいました。

それにしても厄介な病気です。
サラブレッドにとっては避けられるものではないので、仕方ないと言えばそうですが、どうにかならないものですかね。

発症の流れはざっくりと以下のようになります。
ちなみに、屈腱炎は「一部の腱線維が変性したり、切れたりする病気」です。屈腱が切れてしまう場合は「屈腱全断裂」なので、別の病気になります。

  1. ギャロップを中心とした激しい運動をする
  2. 脚の腱組織の体温が45℃位まで上昇してしまう。
  3. タンパク質の組成が崩れるのが42℃と言われているので、少なくとも脚には大きなダメージが残る。
  4. 馬の脚が徐々に元通りになる
  5. その過程で、徐々に変性してしまい、ある所で耐えきれなくなってしまう

というものです。
詳しくは参考文献を参考にしてください。

「競走馬のガン」なんて言われているのは5番の所が大きいんでしょうね。

ここは私の仮定ですが、治りやすい馬とそうじゃない馬はいると思います。
アグネスタキオンの仔が屈腱の病で引退しているのが多い(感じるだけかもしれませんが)のは、その血が脚の修復作業に向く遺伝子ではなかった、ということもあると思っています。

運動の強さが屈腱を変性させるのではなく、ある強度以上の運動を長期間継続する ことが屈腱炎の発症につながることが分かってきました。

長時間運動を継続する事が発症条件と言われています。
つまり、馬場ではありません。

よく「硬い馬場=故障=屈腱炎」と成り立たせてしまいがちですが、その理論は適用されません。

疫学調査の結果では、屈腱炎の発症は特定の馬場 で多発していません。ただし、栗東ダートコース(JRA の馬場施設で最長のダートコース)では、 屈腱炎の発症馬が有意に高いことから、走行距離が長い調教を行うと屈腱炎を発症し易く、腱組織 の特性を考慮すると、屈腱炎の発症は、馬場要因よりはむしろ馬体側の調教に対する各種要素(走 速度、調教時間あるいは累積走行距離など)と関連性が高いと考えられます。

と言われています。

屈腱炎はピッチャーの投げ過ぎによる故障と同じだと思っていますし、サラブレッドがアスリートである以上避けては通れません。
あくまでも屈腱炎は脚のタンパク質の壊れた回数です。
何回も腱の破壊→修復が繰り返されるうちに、修復過程で徐々に歪が生じてしまい、ある時馬が耐えられなくなり、発生します。

従って、昨日まで元気だったのに今日いきなり骨折するというものと違います。
肩の痛みがありつつもだましだまし投げることができているけど、ある時に限界を超えて投げられなくなる、というケースがあります。
それに近いため、なかなか「その時」という簡単なものではないんだと思います。声変わりみたいなものですかね。

 

チェッキーノは軽い運動だったんじゃないの?

チェッキーノは新馬(ソウルスターリング)との追い切りで遅れが報道され、その後怪我の報道が出ました。

ちなみに、時計はこんな感じです。
札幌芝 83.5 67.1 51.9 37.3 11.8 馬なり

しかし、軽ければ起こらないというものではありません。ラスト11.8は芝ということを加味しても決して軽すぎませんが…。

屈腱炎の発症時の運動強度は、ハロン 13~11 秒(時速 55~65km)のトレーニングでは 6%と少な く、競走レベルよりも遅いハロン 20~15 秒(時速 36~48km)のトレーニングが全体の 88%と多く を占めていました。

とあります。
いわゆる軽い調教の代名詞でもある 15-15 というものであっても屈腱炎を発症するには十分すぎる運動ということでしょう。

こうなるとなかなか防ぐ術がありませんね。
サラブレッドは走るためには運動しなければなりません。そうなると、この病の可能性は常につきまとうことになります。

走ってケアをしたら、最後は自身の遺伝子に賭けるしかないのかもしれません。

 

回数が原因ならなんで2歳馬もなるのさ?

2歳の馬でも屈腱炎は発症しています。
「回数じゃないの?」というのはもっともですし、私もそう思います。

屈腱炎の発症年齢は、平均 28.1 ヶ月齢で、時期は 2 歳時の 8 月が最多であ り、その前後 7~10 月に約 70%が発症していました。

という研究結果があります。

ここからは推測ですが、恐らく早々に限界を超えているんだと思います。
放牧中の馬の映像で見たりしても、そんなにバカみたいに走っていません。
大抵は草を食べたり、少し走って止まって眺めてみたり、寝転んだりしてます。

サラブレッドが仮に腱の強い馬だけを選りすぐり、血を繋いでいたなら話は別でしょうが、怪我しても強ければ、速ければ血を繋いできました。
そう考えると、やはり限界を超えてしまうのが早くても仕方ないかなと思っています。

しかし、そこは馬です。
脚は重要すぎる部位であるため、普通に考えたら元に戻る力は備えていると考えるのが妥当です。
イメージですが、

「100回まではどんな馬でも大丈夫。それ以降は自身の遺伝子の持つ割合で不具合が発生する。」

という感じなのかなって思います。
そう考えると、2歳で早々に限界を超え、不具合が発生しやすい馬から順次起こしていくというのも説明がつくのではないかと。

ある研究では、仔馬を運動させる組と放牧させる組に分けて測定したところ、最初は運動させる組の屈腱が太くなったものの、10ヶ月後にはその差がなくなったそうです。

この結果は、腱にも運動適応があるということを証明するものですが、その運動適応は、生後1年以内の幼い時期にしか見られなかったということになります。この仮説が証明されれば、2才前後になった時期から競走馬の屈腱を鍛えることは難しいのかもしれません。

なかなか鍛えにくい部位って人間もありますが、馬もここを鍛えるのは大変みたいです。

それでも減ってきている、という報告もあります。

1994年には1,372頭という非常に高い発症をみています。その当時は毎年約1,200頭前後の発生数を数えていましたが、2001年以降減少傾向がみられ徐々に減少し、最近では800頭未満にまで減少してきています

ただ、これも鵜呑みにしてはいけません。
そもそも競走馬の数が1994年には10000頭を毎年超えていましたが、ここ最近は7000頭程度になっています。つまり約7割になった訳です。
そう考えると、割合としては1200頭×7割=840頭ですので、まぁそんなに変わらないというのが実状なんじゃないかなって数字見て思いました。

治るの?

私には分かりません。
それではブログになりませんので、何か書きます。

一応休ませるのが一番手っ取り早い方法でしょう。野球のピッチャーも肩壊すと休みますし。
休めば一旦は投げられるようになりますが、何かのきっかけでまたやってしまいます。
従ってゆっくりキャッチボールから丁寧にやるというのは競走馬も同じで、思い切り走らせるとまた壊れてしまいます。大変ですね。

例えばショックウェーブ治療なんかはこういう効果が公開されています。

2006 年に JRA 競走馬総合研究所常磐支所でショックウェーブ治療を適用した例では、ESWT を施しリハビリをした浅屈腱炎馬では競走復帰率が 75%となり、同時期に ESWT なしでリハビリした浅屈腱炎馬における復帰率 54%に比べて高くなっています。

なるほどー。

また、カネヒキリが臀部の幹細胞を右前脚の腱に移植して復活してきましたが、これもなかなか難しいようです。

2012年の競走馬総合研究所年報に「競走馬臨床における再生医療技術の導入に関する研究」というものがありますが、以下のように書かれています。

移植治療の腱組織再生に関する研究(図2)では、初年度に滑膜リセクターを用いた最新の腱損傷モデルの作製法(Schramme,M.,2010の変法)を確立した。2・3年度には、そのモデル馬を活用し、移植治療の有用性を検証した。移植から6ヶ月間のリハビリを完了した馬の腱組織について解剖学的(修復部の腱細胞数・微小血管数の比較)および分子生物学的(修復部の腱組織関連遺伝子の発現の比較)に解析したが、幹細胞移植による組織再生の効果を明らかにするには至らなかった。

(赤字太字筆者)

そう簡単に治ったら苦労はないですね。

人間だってトミージョン手術したら1年以上のリハビリも必要ですし、そういうもんだと思って競馬を見るのがいいんだろうと思います。
そして、素直に復活したら拍手で応える。

これ位しかファンはできないのかなって思いますが、それでいい気もします。

 

参考資料

非常にためになるので、一度読んでみると良いと思います。
本文の引用は以下の所からしています。

競走馬の腱・靭帯と腱・靭帯疾患 その3

競走馬の腱・靭帯と腱・靭帯疾患 その4

競走馬の屈腱炎の予防法に関する研究情報

知ってるつもりの屈腱炎の話〰その1

知ってるつもりの屈腱炎の話〰その2

競走馬に対するショックウェーブ治療について

競走馬臨床における再生医療技術の導入に関する研究