「インスタ映え」という言葉が流行る2017年。
SNS上では”リア充”を求め、ナイトプールに行き、友達とBBQなどで遊ぶ写真を載せ、リア充アピール用の人を派遣するという商売も出ている。
「変な世の中になったもんだ。我々が若いころは…」なんて言ってたらイノベーションは起こせない。時代は変わる。
「くそ、すごいビジネスアイデアだ。」と思ったものだが、そこに商機を見出す位でないと面白くない。
来年には2000年生まれが甲子園の主役だし、彼らはスマホとSNSが身近な存在であり、人との繋がりは昭和生まれとは確実に異なっている。
一人旅も以前までは本当に一人だったと思う。
現地で知り合いを調達すればいいや位なもの。
今は違う。
ニコニコ動画では一人旅を発信する人もおり、一人だけど微妙に一人ではない感じ。
インターネットは人の心を疎結合で繋ぎ、その繋がりは発信欲求と承認欲求と身軽さと寂しさを複雑に交差させる。
そんな私はインスタをやってるしブログもやっている。Lineとかも。
インターネットに毒され、どこにでもいる承認欲求のあるタイプ。
寂しいのさ、要は。
蜘蛛の糸のように細くても他人と繋がっていたいのよ。
自分に嘘ついて粋がっても仕方ない。このまま10年、20年と先を見通した時、不安になって当然でしょ。
「一人でいる現実」を直視したくなくて「あんなことやって何の意味があるんだ。一人の方が身軽でいいよ」なんて言ってる人いるけど、本音はそこか?
本当はナイトプールに行けるなら行きたくないのか?楽しそうに友達とはしゃいでいる姿を見て羨ましいと僅かでも思わないと誓えるか?
「一人だから」で諦めている部分が僅かでもあればそれは既に自分に嘘をついている。
自分に嘘をついて納得した気になって、「あんな俗っぽい奴らなんて」と見下す高みにいるのだと自己暗示をかけるのも、SNSで一生懸命「いいね」を取りに行くのと本質は何も変わらない。
前置きが長くなった。
そんな私の3回目のパリ。フォトジェニック的には絶好のシチュエーション。
さぁインスタでリア充っぷりを見せてやると意気込む。
「いいね」の裏には嫉妬もある。
そんなの分かってる。自分だってそうだもの。相手もそう。お互い様よ。マウント上等。
今回もフランスエクスプレスさんに頼んでアテンドしてもらった。
初のシャンティイということもあり、やはり競馬場まできちんと連れていってくれる方がいい。場所わからないし。
そして一人では出会いにくい同じように競馬を趣味にしている人とも出会える。
遠い異国の地、場所はパリ。
目的が同じ競馬ともなれば万々一にも吊り橋効果で何かあるかもしれない。
ところが誤算が2つ。
最初の誤算はキタサンブラックの回避。まずそこで人が減ったと旅行のアテンドしている人が言っていたらしい。ただ、これは7月の出来事だ。
さらに誤算は続く。サトノダイヤモンドのフォワ賞。
あのレースで4着に敗れたため、同じ目的で行く人がさらに減少。
結果的に、なんと不幸にも本当に「1人で」旅をする事になってしまった。これでは現地調達もままならない。
別に一人旅を積極的にしたいわけでもなく、一人でパリに居たい訳でもないにも関わらず、一人になる。どういうこっちゃ。
驚いたのは往路の飛行機を3列席通路側の席にしたら、窓際2人がおらず、1人で3席使える事に。
便利だし機能的にはいいんだけどね。。。いや、別にお隣とお話しようとかじゃないけど、そこまで1人にせんでも…って思ってみたり。
エールフランスは面白いことに「チャット機能」がある。
「あの席の人と」というのでチャットができるらしいが、あんなのやるやついるのか?いきなり怖すぎるだろ。と言いつつログインしてみる。
そりゃ来ない。上空1万メートル、対地速度900km/hオーバーのひとりぼっち。
そんな空の旅を11時間続けて花の都パリはシャルル・ド・ゴール空港へ到着。
私は飛行機一睡もできないので、日経ビジネスを読み、日経SYSTEMを読み、機内食をパクパク残さず食べ、宇多田ヒカルさんのベストを延々と聞くという他愛もないフライト。
到着1日目は夜なので、何もせずに終了。仕事用のメールチェック位。
とはいえ何もしないのも寂しいので三脚をえっちらおっちらと持ってオペラ座へ。
せっせと三脚を設置し、おもむろに数秒のシャッターを切る。誰も通らない。。。

2枚ほど写真を撮り、ここまで30時間位ぶっ通しで起きているため、ベッドに入ればすんなり寝れるだろうと思っていたら頭の中を宇多田ヒカルが止まらない。聞きすぎた。
「マズイ!寝ないと」のプレッシャーは人を緊張させ眠りから遠ざける。ほぼ寝られずに翌朝へ。バカンスというには程遠いヒトリノ夜。
2日目は朝からヴェルサイユ宮殿へ行き、そして夜は有名なキャバレーである赤い風車のムーラン・ルージュ。
ここも1人なら引き籠るしかないと思ったらそこは私含めて6名で。現地スポットのツアーで行ったので、久々に人と話した感じ。
そこで「競馬に来た」と言ったら驚かれた事に驚いた。パリにいる日本人は全て凱旋門賞って訳ではない。
そりゃそうだわな。普通は観光に来る場所だ。「他はどうでもいいから馬さえ見られればいい」というのは日本ですらマイノリティ。

3日目にロケハン兼ねてシャンティイ競馬場へ。
ただ、あの場所はシャンティイ城が素晴らしいので、晴れていたしどう考えてもそっちを見たほうが良いので、そっちへ。

馬の博物館もあって、あの場所は競馬でうつつを抜かしている暇があれば入るべき。
馬のショーとか本当にステキ。子供もたくさん見ていて、微笑ましい。

競馬は適当。写真テストとボーっと見てるだけ。
ドラール賞は見たけど、「ガーリンガリかー」位。なんてやる気のなさ。
競馬熱はあるようで無い自分。

そして凱旋門賞当日。
一人電車でシャンティイへ向かう。シャトレ駅から乗り換えて約1時間の電車旅。
フランス人や日本人の皆さんが盛り上がっている中、プチ世界の車窓から田園風景を眺める男が一人。
赤いチーフに赤い蝶ネクタイ。バッグには日本の日の丸マークのステッカー。
霧雨が降る空を見上げ、「芝は満足に乾かなかったな。」と心の中で呟く。
服装はもっとコスプレチックに行くべきかと思ったものの、今回も色々とあって思いとどまりその程度。
そしてシャンティイ競馬場最寄り駅のChantilly-Gouvieux(シャンティイ・グーヴィユー)駅に。
トコトコと歩きながら、シャンティイ競馬場の敷地内へ。
開門11時であるものの、直前までスプリンターズステークスの回顧を書くというおよそパリにいるとは思えない作業をしてからの出発だったので、少し遅れ。
開門ダッシュをする野郎はいないだろうが、やってみたかった自分もいる。
今年も日本語インフォメーションがあり、日本人にやさしい。
サトノ陣営への応援メッセージボードもおいていてくれる。「いいお客さん」なんだな。
例えば既にオルフェーヴルが勝っていて、毎年2頭出走が10年も続けば自然に応援ボードはなくなっていく気がする。
「日本馬がいるのが当たり前の風景」にはまだ遠い。出走は続けているが、勝っていない。
彼らの心の余裕がこの「応援ボードを設置」だろう。「今年も懲りずに頑張れよ」と。

シャンティイ競馬場の観戦席のサイズは小さい。
観戦席からパドックへの移動の感じなんていいとこ大井。直線ラスト200m付近からゴール後50m位までしかスタンドと呼べるものがないため、盛り上がりも一瞬。
観戦に適した競馬場か?というと全く感じない。日本のファシリティの素晴らしさを思い知るだけだ。
ロンシャンに比べると食べ物は充実していた。私はホットドックしか食べなかったけど、ハンバーガーもあったし、サンドウィッチもあった。
席はTribune de l’arrivee d’Or(トリビューン・ド・ラリヴェ・ドール)という恐らく買えるもので最上位のもので30,000円位。
安くはないが、席と言っても横一列のベンチでゴールから100m位。日本の競馬場の200円でゴール前もOKというフェアさ加減は考えられない。
11時開門から第1レースが14時。
3時間でご飯を食べ、お酒を飲み、話して、人が出来上がったらレースというのが欧州のこの手のイベントだろう。
私はここがボッチ+観戦に全てを賭けるタイプなので、この過ごし方は工夫の余地はありそうだなと反省。
競馬が始まってからは40分位でどんどん進むため、忙しい。
パドック見て、レース見て、表彰式見てとテンヤワンヤ。
マルセルブサック賞のパドックでのオブライエン師とライアン・ムーア騎手。この感じが雰囲気十分。
負けたけど。

ジャン=リュック・ラガルデール賞でのゴール前。3頭並んだシーンはこの遠征で珠玉の一枚になったと思う。

そしてハッピリーとオブライエンの表彰式だと急いでパドックへ行ったらフジテレビ?がいい位置に陣取ってた。
カメラをハッピリーに向けると「写真はちょっと…」って。あなたはバリードイルの何かなのか!撮りたいのはあなた方ではない。頼むからどいてくれ。
その願いも通じず、番組が始まり、結局良く見れず。いい加減にしてほしい。やるなら表彰式を外してくれよと。
アラブのレースを挟んで凱旋門賞のパドックに馬が入ってくる。
人混みはさすがに凱旋門賞。空いてたら面白くない。
パドックを見て、急いで席に戻る。
本馬場入場に入る各馬。
競馬熱は正直下がっている。
ここまで凱旋門賞に行っておきながらなんなんだ?と思いつつも、かつての自分なら迷わずシャンティイ城に行っていなかった。
そりゃ景色は素晴らしかった。
でも目の前の競馬を捨ててまで行くか?と問われると…。かつてなら迷わず「No」、でも今は「Yes」。この差は自分の中では小さくない。
最終レースまで競馬を色々と見ながら、折り返しを過ぎたこの旅行の時間を楽しむ。
競馬場に来てホットドックしか食べてないけど、それでもいい。
ゴール前で見て見たり、レース後の勝ち馬を撮ってみたり。レースだけが全てではない。これもせっかく凱旋門賞に来たのであれば、ブロガーとして行かねばならない、伝えねばならないという競馬熱が下がっている割には真面目にこなすエセジャーナリスト。
アベイドロンシャン賞のBattaash(バターシュ)のレース後の花道。勝者への祝福は世界共通。
そしてレース後も共通。
日本よりは綺麗かな、という程度。スタンドは似たようなもんだった。
ワインのボトルが置いてあったり、シャンパングラスみたいなのがあったりと世界中どこも変わらない光景。

終わって一人帰りの電車に乗り、途中どこだか分からなくなりながらもホテルへ戻る。
途中の夜ご飯はハンバーガーみたいなのを頼んだつもりがなぜかフィッシュフライが来たが、割とイケるので良しとしよう。こっちの方が安いし。
旅行最後のブログを書く。フランスで3本目だ。
その合間に業務メールのチェックを行い、交通費精算の入力をし、月初の対応も忘れない。
休んでいるのかいないのか?これは夢か現実か。
一人で叩くキーボードの音と繰り返し流れる凱旋門賞。間接照明でお洒落でも微妙に暗い部屋。
長時間座る様に設計されていない椅子に体を預けて約2時間半。おもむろに時計を見ると12時過ぎ。「そろそろ寝るか。家と変わんねーな。」とポツリ。
最終日はもう何もやることないので、頼まれたお買い物に。
セリーヌ、ルイヴィトン、エルメスとせっせとドラクエのお使いイベントさながらアイテムを集める。
特にルイヴィトンで「これ下さい」と言ったら「本店にはないからこの駅のこの店に行ってこれを渡してくれ」と品切れを告げられ、先方への申し送り状を貰った時は「なんてドラクエ?」という気分に。
一人は目立つ。
だってルイヴィトンのパリ本店に一人で並んでいたの自分位だ。お店でも単独行動はほぼいない。
ボディチェックをする人も不思議だっただろう。
「パソコンをカバンに入れて、重い荷物を持ちながら、一人で何やってるんだ?」
19時まで時間をつぶし、帰路へ。
空港に到着し、免税手続きし、早々に出国。そしてパソコンで最後のメールチェック。
やはり1日滞在が長かったかなと旅の反省をしつつ、このブログを途中まで書いて飛行機へ。
シャンティイ城は綺麗だったし、インスタ映えする写真は撮れた。
楽しんでいるようで、やはりどこか1人の寂しさも。フランス語をペラペラならともかく、どうしても会話も減りがち。シャイなもんで。。。
「フランスに競馬を見に行く」と伝えたら多くの人から言われる「一人だからできることだね」と。
それは決して真実ではない。
競馬は一人で行くべき場所じゃない。一人でも行けるが、複数人で行っていい場所だ。
というか、旅行は一人で行くだけが旅行ではない。
人生のゴールは分からない。
何をゴールにすべきかは自分が決める事だが、それでもスタートは切らないとゴールには辿り着けない。
果たして自分はスタート地点に立てているのだろうか?
ゲートに入る勇気をどれだけ持っているのだろうか?
少なくとも凱旋門賞のゲートに入った18頭は各国で厳しい戦いを勝ち抜いてきた。
「自分はどうだっただろう?」と見つめ直すにはいい機会だし、旅なんてそんなもんだし、一人旅の利点は誰ともしゃべらないから必然的に思考が自分語りに流れる。

帰りの飛行機も同じコンテンツしかなかったので、宇多田ヒカルさんのアルバムを聴きながら。
Lettersでこんな歌詞がある。
今日話した年上の人は
一人でも大丈夫だと言う
いぶかしげな私はまだ考えてる途中
この「年上の人」とは一体何歳の人なんだろう?と考えてしまう。随分と達観してるな。
自分はまだ考えてる途中。この旅でもそう考えたさ。
来年は新生ロンシャン。
次はどういう旅になるかなぁって今から考えてる途中。
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